存在欲求は行動パターンを変えます。
私たちのサービスは、一般的にこのような部分を見て見ぬ振りをすることはできません。
がっぷりと四つに組んで、関わりの質・量を拡大していくべきです。
環境も重要なファクターを思い浮かべてください。
果たしてお年寄りが落ち着く環境になっているでしょうか。
鉄筋コンクリートの建物というのは、確かに頑丈で立派です。
でも、あの空間の中にお年寄りが50人いて、スタッフが20人くらいいるわけです。
毎日、70人の叫び声とスリッパでパタパタ歩く音に加えて、楽器やレコードなどを流したりしますね。
お年寄りの周りには常にこういう音があふれでいます。
あるいは、台所で立てるような生活の音がなく静かすぎることもあります。
文字通りの「生活臭」がまったくないこともあります。
このような空間の中で「落ち着け」と言っても、まず無理だと思います。
スタッフは働きに来ていて、8時間で勤務時聞が終われば帰れるんですが、じいちゃん、おばあちゃんは帰れないんです。
真っ白な壁と天井に固まれて、耳から常に雑音が入ってくるところで、「落ち着いていましょう」といっても、なかなか落ち着けないのです。
みなさんはそういうことに気付くでしょうか。
鉄筋コンクリートの室内は、反響して音を外に出しません。
その中に包まれている老人の気持ちは、静かな家に帰って、ホッとしたいということでしょう。
なぜ家は静かなのかというと、日本の家屋は、障子やふすま、あるいは家の構造全体が音を吸って反響するのを防いでくれているからです。
こういう空間では、大きい声を出さなくてもちゃんと意思の疎通が図れるのです。
福岡に「宅老所よりあい」という有名な民間デイがあります。
そこに行ったときにもそう感じました。
最近たくさんできている宅老所は、おカネがありませんから小さい民家を借りています。
大きい空間の中で、大声を出して人に意思を伝えることに慣れている特養のスタッフは、気付かないでしょうが、3階で話している声が玄関でも聞こえるくらいです。
それくらい大きな声を出さなければ、意思疎通ができない空間にいるわけで、これがずっと響いていたら入所している老人はたまらないと思います。
痴呆性の失語です。
スカートを持って「ああ、ああH ・H ・」としか言わないんです。
これがオシッコのシグナルだそうで、トイレに連れて行きます。
話しかけても、返事は「ああH ・H ・」と言うだけで、元気がなくなり、言葉が出てこないような重度の痴呆老人が、そこでは落ち着いています。
これはスタッフの力もすごいけれど、この環境の持つ力が大きく作用していると思います。
岩手県に、昔の民家を利用した宅老所がありました。
雪固なので、冬はストープ2台焚いても部屋が暖まらないので、掘り炬燵にしてありました。
こたつに座ると目線が低くなり、楽な気分になれるのです。
こういう環境だったら、お年寄りも喜んでこのまま座ってしまうだろうと思いました。
そこでは、湯タンポを用意して私を待っていてくれました。
開けっ放しの特養が当たり前なのだと思っています。
そこでは、なるべく制約しないでおこうと考えていましたから、薬も非常に少なく、安定剤なども「不安定剤」だと,思っていたので、出していませんでした。
その代わり、人間的な関わりや情緒的なつながりを大事にすれば、お年寄りは落ち着いてくれるというふうに心から信じていました。
ところが最近では、外からは開くけれど、出ようとしても内からは聞かない扉を設ける特養が多くなってきました。
しかも、透明のガラス戸が二重になっていて、どこが入口だかわからないところもあります。
これでは完全な閉じ込めだと思います。
町の真ん中にあって、外に出たら車がピユンピュン走っている道路に面している特養など、ある程度拘束しなければならないところでは、ひと工夫が必要だと思います。
人が外に出て行きたいと思うのは、このよどんだ空気が嫌なのだろうと思うのです。
空気がよどんでくると、人がそばにいるのも疲れます。
施設では、朝の空気を入れたりして換気をして空気がよどまないようにしておけば、俳個して出て行きたがるお年寄りにとっては、少しの助けになると思います。
例えば、夕方になると出て行きたがる「黄昏族」というのがいますね。
夕方、気もそぞろになって外に出たくなるお年寄りが、50床の特養で5人もいたら、これは別のところに問題があると思ってください。
1割のお年寄りがそんな気分になるということは、管理が強すぎるとか、絶対どこかに精神的なプレッシャーがあるからなのです。
本当は自由であることが重要なのに、言葉狩りや、スタッフを頭から押さえるような管理をしていると、表面には出ないかたちでお年寄りに影響を与えてしまいます。
そういう雰囲気を、お年寄りは敏感に感じ取って、ここは嫌だと思って逃げて行こうとします。
俳個は病気かもしれませんし、癖かもしれませんが、少なくともにある。
ですから、俳個が始まったら私たちは一緒に俳個をする。
これがいまの入所型ケアで、とっても大事なことだと思っています。
情緒というのは、どうしても必要なものです。
落ち着いて眠れるような服に着替えるとか、寝酒をするというのはどういうことでしょうか。
食事の目的がカロリーの摂取だけだったら、ご飯とおかずを混ぜて出せばいいんです。
「これで十分食い物なのだ」と言えばいいんで、す。
でも人間って、それでは食べられないから、ちゃんときれいな皿に盛って形にして出すわけでしょう。
そうすることによって、じいちゃん、おばあちゃんはおいしそうだなと思って食べるわけです。
かつて勤めていた特養に俳個に付き合う寮母がいて、彼女はロッカーに麦わら帽子を持っていました。
「始まったよ」と言うと、麦わら帽子をパッとかぶって、「ここの職員の関係より外の自然環境がいい」と言って出て行くのです。
昼になっても帰って来ません。
一緒に付き合って、疲れた頃になると帰って来ます。
好きとか嫌いという快不快をベースにしながら、どうすれば喜んでもらえるかが、ひとつのスケールになります。
食事、排世、生活全体にホッとする空聞があるか、喜んで暮らせる時聞があるか、生きている実感があるかどうかを見ていくのです。
呆けた人もお酒は大好きです。
オプション特養に、80歳の八百屋のおじいさんが入って来ました。
顔も身体も大きくて、色は黒いんですけれど、白髪の角刈りでいかにも八百屋という感じでした。
老人性の痴呆だといって入って来ましたが、初めは全然手がかかりませんでした。
食欲も旺盛で、排池もスムーズで、見ていて全然問題はなかったし、人当たりもよいおじいちゃんでした。
ところがある時、そのおじいちゃんが、ファスナーを下ろして局部を持って、「何とかしてくれよ、頼むよ」と言って歩き始めました。
さあ、困りました。
若い寮母はいやがります。
先輩の寮母は、「なあに、そのうち放っときゃ治るわよ」なんて言っていましたが、全然治らないのです。
それどころか、寮母が短パン・シャツ姿で入浴介助をしていると、目つきで胸元を見たがりました。
胸に手をのばし、歩いている寮母にも触ろうとしました。
しかも局部を持っていて、「何とかしてくれよ。
何とかしてくれよ」と言って追いかけて行くのです。
慣れていた寮母もだんだん頭にきました。
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